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代えがきかないとは何か

振る鍋の、火が高い。

朱塗りのカウンター越しに
リズムよく動くマスターは、
自分がこどもの頃から
「おじいちゃん」と呼んでいた覚えがあるので、
現在は、ゆうに90歳を越えておられると思う。

たいていの、町に一軒はある
庶民的な中華店だったのに、
餃子が、評判を呼びメディアにとりあげられて
一時はちょっとした騒ぎになった。

(生まれてから“生活の一部”だった者としては
店が混み合うほどつらいものはない。
餃子が出てくるまでが遅くなる)

共に通っていた友人は
「あの餃子には、何かが入っている。
一週間もするとどうしても食べたくなる。
麻薬か?」
と、半ば真剣に話していた。
それくらい中毒性が高かった。

マスターの弟さんも中華店をされており
地域的な知名度ではむしろ弟さんが上だったが、
「餃子は、兄貴のほう」と地元で言うと
通人に聴こえた。

立秋の雨中。
きょうも開店前から数人が並んでいる。

90歳の兄貴は、目が合うと
「まいどありがとう」と
鍋をふり、高く上がる火の隙間から
声をかけてくれた。

この餃子が食べられなくなる日は
必ずやってくる。

口にするほど
美味しく、哀しくもある。

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