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仏教とブランド

ブランドというのは
ある種の哲学的思想から
生まれるものであり、
その際たるものは宗教である。

こと、日本仏教に置き換えれば
空海は、大陸から取り入れた
思想を研ぎに研ぎ澄まし、
密教としてこの国の貴族階級に伝えた。

例えると
ハイブランドの立ち位置で
シャネルにあたる。

時はくだり、
親鸞は、仏教をカジュアル化して
南無阿弥陀仏とさえ唱えれば
みな極楽浄土に行けると
一般庶民に普及させた。

ファストファッションの
ユニクロである。

ブランドとは、
思想・目的・対象の三者が揃い
信仰としての機能をはじめて有す。

余談を許せば、
平成の初期にN.Y.ブロンクスから
黒人文化の音楽を持ち帰り
日本であらたなポップカルチャーを
普及させた集団がいる。
ブッダブランドという。

仏教とブランドの関係は
かくして親和性が高い。

目利きが、目利きを呼ぶ

ZECCA 設立時に
ひとつだけルールを決めて
サイトに記した。

「ご相談・ご依頼は、これまで面識のある方、
またはご紹介のみとさせて頂きます。」

我々は、我々を
秘すれば花と見立て、
言い訳の聞かない制約を
自らに課した。

恩を売り物にすると、底を尽く

人は、
してあげたことは
後生忘れないのに、
してもらったことは
寝る前に忘れてしまう。

してもらったことを
覚えておくのが難しいなら、
してあげたことを
忘れるようにする。

他人に恩を着せれば着せるほど
自らをみすぼらしくする
ものはない。
し忘れを、まとうくらいが美しい。

上司を無視する

上司の顔色を気にする必要はない。
市場の顔色を気にする必要はある。

上司の顔色ばかり気にしてる者は
要は、暇なのである。

それだけ、市場や顧客を見ていない。

逆に、市場や顧客に集中すれば
上司の顔色など見る必要はなくなる。

上司は、
顧客を喜ばせるあなたの仕事に満足し、
いやでもニコニコしてくれる。

顧客を喜ばせることは
上司の顔色を飛び超えて行う。

そうは問屋に卸させる

北の氷河は、きょうも溶け
遠く、知らない星は衝突し合う。

桜の芽吹きを信じ
自惚れずに、
流れに身をゆだねず
自ら歩く。

明日を約束された人は
過去に誰一人いなく
唯一個人の意志だけが咲く。

偶然は他力、必然は自力。

そうは問屋が卸さないに
卸させることが出来れば、
難しいと思ったすべては
必ず出来る。

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