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Z旗

「難攻不落の地、加賀の国では小松あたり」ー

福井北部から南加賀にかけて、
明智光秀の口伝が残っている。

ある大名に招かれた光秀が
「日本の要害の地はどこか」と
尋ねられた際の逸話らしい。

当時、そのあたりは湿地帯でぬかるみが多く、
中心に据えられた小松城は
芦(あし)に囲まれた天然の要塞をなしていて
芦の浮き城、芦城(ろじょう)と呼ばれた。

土地柄は、せまい。

もともと、浄土真宗の信仰が異常なほどに強く、
守護職の富樫氏が倒れたあと
百年ものあいだ武士の介入を許さずに、
農民が支配するというふしぎを
母体に孕んでいる。

時代は江戸、前田氏の治世へくだる。

武士は金沢、職人は小松。
小松城下には多くの職人長屋が置かれた。

金物を打つ音がひびく中でも
物事を短く、端的に伝えるために
口語は自然と荒く、鋭くなり、
「小松弁はきたない」所以が生まれている。

武家文化の金沢人と比べると
“お上”をうやまう気持ちは季春の氷のようにうすい。
明治維新の最中も
町人のほとんどが日和見をきめこみ
誰も足跡を残していない。

時はさらにくだり
日露戦争。

風は、北西からふいている。

対馬沖で起った日本海海戦も
日本は、日露の橋を根本から砕くような
作戦を練り上げて海上を舞い、
わずか半日でバルチック艦隊を殲滅した。

小松人、
その日も変わらず日和見で
白山を愛でている。
戦火よりも、雪どけの緑光を好むようである。

日本艦隊は、
勝利を意味するZ旗を
マストからゆっくりと降ろし、
本国へ帰港している。

ZECCAの「Z」旗も
風もないのにゆらぎをやめない。

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